
これは私が漫画を描き始める前の話。
今読み返すと顔から火が出るほど真面目モードですが(笑)、
当時の備忘録として残しておきます。
目が覚めた瞬間、休日が減っていた
目が覚める。 たっぷり寝たはずなのに、体の芯に鉛のような重さが残っている。 寝すぎた時の背中の強張りを感じながら、枕元のスマホの画面を見る。
11時を少し過ぎていた。
休みなんだから、別にいい。誰に責められるわけでもない。 予定もない。急ぐ理由もない。
それなのに、胸の奥が一瞬だけざわつく。 「もう昼か」 その言葉が、焦りみたいに残る。
何もしていないのに、遅れた気がする
若い頃なら、こういう休日もあった。 昼まで寝て、のんびり起きて、適当に何か食べて。
体力があったあの頃は、寝れば回復していたし、それで終わっても、そこまで気にしなかった。
でも今は違う。 昼前に起きただけで、どこか負けた気がする。
何に負けたのかは分からない。誰かと比べたわけでもない。 それでも、同じところに小さな焦りが残る。
「今日、何かしないと」 そんな声が、勝手に出てくる。

焦りの正体は“空白”だった
焦っているのは、時間そのものじゃない気がする。 昼まで寝たことが悪いわけでもない。眠れたなら、それはそれで、今の自分には必要だったのかもしれない。
でも、起きた後の“空白”が見えると、焦る。
今日をどう埋めればいいのか分からない。 埋めなくてもいいはずなのに、埋めたくなる。
自由なはずの休日なのに、自由がそのまま、落ち着かなさになる。
ひとりは気楽。でも、評価が消える
一人暮らしは気楽だ。 誰にも合わせなくていい。誰の予定にも巻き込まれない。 好きな時間に起きて、好きなように過ごせる。
でもその代わり、「これでいい」と言ってくれる人もいない。
家族がいる人は大変そうだと思う。予定が増えるし、気を回すことも多い。 それに比べたら、自分はずっと楽だ。
それでも、ときどき思う。 楽なはずの休日なのに、自分の過ごし方に、なぜか自信が持てない。
“何かした感”を探して
落ち着かなくて、とりあえずスマホを開く。
SNSを流し見して、ニュースを眺めて、天気を確認して。 画面の中は誰かの意見や情報で溢れていて、騒がしい。
けれど、ふと指を止めて顔を上げれば、部屋には冷蔵庫の低い唸り音しか響いていない。
気づけば、10分、20分が消えている。 何かをしているようで、何もしていない感じが増えていく。
焦りを消すために開いたはずなのに、開けば開くほど、焦りが育つ。 「このまま一日が終わるのかな」 そんなことを思って、また画面を閉じる。
焦りを消すより、置き方を変える
「休日の焦りは、時間が足りないからじゃなく、空白に慣れていないからかもしれない」
焦りをなくそうとしても、うまくいかない日がある。 気合で整えるのは、もう疲れる。 だから、やり方を変える。焦りを消すのではなく、いったん置く。
重い体を起こして、まず水を飲む。 窓を開ける。 ベッドを整える。
それだけでも、少しだけ気持ちが動く。
今日を“成果”で埋めなくてもいい。 大きな予定がなくてもいい。 休日の空白は、失敗じゃない。ただ、慣れていないだけだ。
昼前に目が覚めて、焦った。 でもその焦りは、まだ自分が今日を大事にしたいと思っている証拠なのかもしれない。

「頭では分かってるんです。
でも私、予定がないとソワソワして、結局『換気扇の掃除』とか始めちゃうんですよね……」

「休むのが下手すぎる!
典型的な『回遊魚』タイプですね。止まったら死ぬと思ってるんですか(笑)」



コメント